このたび縁あって、『目の眼』で連載がスタートすることとなりました。
これまでお仕事で着物を着る機会や、お茶の世界にふれる撮影などがあって、古美術・骨董の世界には、実は興味しんしんだったのです。
美術館などにはよく通っていたのですが、改めて勉強したいと思っても、どこから手を付けていいかもわからず、いきなり古美術店を訪ねるのも怖いな……なんて思ってました。
そうしたら以前ご一緒した大阪の老舗茶道具店「戸田商店」の戸田貴士さんが
それなら一度
ウチへ遊びにおいでよ
と誘ってくださったのです。
これは千載一遇のチャンス!幸運の女神の前髪をつかめ!
そう直感した私は、貴士さんに〝古美術の手ほどき〟をお願いしたのでした。
- 剛力彩芽
- ダミーダミーダミーダミーダミーダミー情に棹させば流される。智に働けば角が立つ。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。とかくに人の世は住みにくい。意地を通せば窮屈だ。 とかくに人の世は住みにくい。
- 戸田貴士
- ダミーダミーダミーダミーダミーダミー情に棹させば流される。智に働けば角が立つ。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。とかくに人の世は住みにくい。意地を通せば窮屈だ。 とかくに人の世は住みにくい。
コトハジメの織部
黒織部茶碗「柾垣」
うかがって改めて実感しましたが、谷松屋・戸田商店は江戸時代から200年以上続く老舗中の老舗。貴士さんはその後継者で十三代目を継ぐお方。そんなところに私のような超初心者がお邪魔してよかったのでしょうか……。ついオトモダチ感覚で話していましたが、
これからは「師匠」と
呼ばせてもらいます
と頭を下げると
冗談はやめてよ~(笑)、
是非お見せしたいモノが
ありますから
上がってください
とっても紳士なお兄さんです。
通されたのは明るい2階の応接室。てっきり畳の和室に通されるかと緊張していたのでホッとしました。
もちろん茶室もあるけど、
お客さんと話すときは
主にこの洋間です。
ゆったりくつろげるし、
モノがはっきり見えるでしょ
と言いつつ、早くも手許の箱を開け始めた貴士さん。
古布に包まれた桐箱から今度は漆塗の箱が出てきて、仕覆のなかから黒い茶碗(頁上)が登場しました。
黒織部茶碗
銘 柾垣
[ 高:9.0cm 口径:10.9cm 桃山時代 ]
どう、すごいでしょ、
デザインが
え、ええ~
いきなりですか
こういうのって
見せる前に説明とか
心構えを説くん
じゃないんですか?
そんなのは必要ないですよ、
それよりもモノに触れて
自分が好きか嫌いか、
そこから入ることが
一番大事ですね
……たしかにすごい
デザインですね、
でも、意外と
やさしい……
そう、これでもかって
デザインながら、
どこかまとまりが良いんです。
ちゃんと見てるじゃないですか
こうやってお茶碗が
出てきたとき、
最初に見るポイント
って
どういう
ところですか?
まずは手にとってみて。
その感覚を知ることが
最初の鑑賞です。
そして
正面からゆっくりと回していく
こんな感じですか?
できるだけ低く持ってください、
手首を机につけるようにすると、
見るほうも見せるほうも
安心です
黒一色ですけど、
いろんな色彩を感じますね
……ところで何の
茶碗かわかります?
織部ですよね?
そのなかでも
何織部でしょう?
……黒織部?
なんや、わかってる
じゃないですか(笑)。
そう、黒織部筒茶碗で、
『柾垣』という銘が
ついています
この絵は何が描いて
あるのでしょうか?
垣根に菖浦の群生した
様子が描かれてると
いわれています。
ある種パウル・クレー
みたいで
抽象表現にも
みえてきますね
中が真っ黒で、深いですね
そこが見どころのひとつで、
これでお茶飲むと
すごくいいんですよ
へええ、どう良いんですか?
抹茶の緑がよく映えるし、
筒形なので
飲むときには
中をのぞき込むよう
になるんですが、
見込の漆黒にどんどん
吸い込まれるような
不思議な体験を味わえます
うわあ、体験したい!
ええ、ぜひ試して下さい。
あとこの光でみるから
派手に見えますが、
茶室の薄暗い光でみると
また印象がぜんぜん違って、
しっとりと落ち着いた
風情になります。
本来は茶室でみる姿が、
この茶碗の真骨頂
なのでしょうね
茶室にて
という得がたい情報をきいたので、最後に茶碗を茶室に持っていってみんなで拝見しました。貴士さんの言うとおり、豪快さよりも柔らかさを感じさせる、まるで別人のような姿を見せてくれました。
赤ちゃんの肌を持つ
志野茶碗「野辺の垣」
『柾垣』にふれた興奮さめやらぬまま、今度はどんなすごいモノが登場するのでしょうか。
美濃の茶陶展には僕も
企画段階から協力していまして、
今回はそこに出品される
なかから、
志野茶碗を
見ていただきましょう
と、箱を抱えて登場した貴士さん。
包む布から美しい
私はまずその箱を包んでいる布地に目を奪われました。一面に描かれた唐草文様、落ち着いた色合いと繊細な仕立て。
この裂(きれ)も
古いモノなんですか?
古渡りの更紗かな?
織止めの部分も
上手に
使って仕立てられてますね
今回は箱を開けるところからじっくり見ることが出来ました。
紐の結び方、解き方にも決まりがあって、その手慣れた所作に見惚れてしまいます。
美濃焼はその多くが
近代以降に
評価されました
ので大名道具と違って
箱がちょっと粗末と
いいますか
粗雑なもの
もあるんです。
箱も紐もひっくるめて
美濃の香りがしますね
志野茶碗
銘 野辺の垣
[ 高:8.8cm 口径:13.2cm 桃山時代 ]
ふわぁ、大っきい!
ずっしりきますね
茶碗という大きさに
収まっていないのが
志野
茶碗の魅力の一つですね!
直線と曲線が
大胆に描いてあって、
カッコいい
デザインですね
箱の横に紫明庵の張り札で
〝重ね井筒〟と書いてあります。
『卯花垣(うのはながき)』という
国宝の志野茶碗とよく似た
デザインですね。こういう
垣根文が描かれた
志野茶碗は
凄く希少なんですよ
反対側のぐりぐり
文様はなんですか?
唐草文だと言われています。
大胆な筆致ですよね〜、
表おもての表情から
一変しますね。
意外とコチラを
表にみても良いものですよ
大きくて豪快なのに、
肌がやわらかくて、
赤ちゃんの肌みたいに
スベスベしてて、
その
ギャップがおもしろいですね
お茶が入るとじんわり
暖かくなって、
ほんとに
赤ちゃんを抱いてる
気分になります
ほんのり赤味が
浮いてるのもカワイイ
志野茶碗にはうるさい
約束事があまりないんですが、
そのぶん発色が命です。
むかしは派手過ぎるものを
好まない茶人が多かったと
思いますが、
造形や鉄絵の
デザインはそうとう主張の
強い物です、
それでもギリギリ
のところでバランスを保ち、
なぜか品格がありますね。
『卯花垣』はまさしく
そういう茶碗なんですが、
今の時代は赤い焦げが激しく
燃え上がる様な景色をみせる
『羽衣』なんかも最高ですね。
この『野辺の垣』は、
高台の周りの長石釉が
薄くなって釉切れした境目の、
ほんのり赤い部分が
綺麗でしょう
うん、私は好きです、これ
茶碗って不思議なものでね、
置き場所や
光の当たり方で
ガラッと印象が変わるんですよ。
僕はときどきこの茶碗で
お茶をいただきますが、
毎回違うから新鮮なんです。
たぶん明日見ても
違って見えると思います
貴士さんほどいろんな
茶碗を見てきた人でも、
そうなんですね
茶室にて
だから体験することが
いちばんなんです。
いくら資料を読み込んで
美術館でみても、
実際に
茶室で手に取って飲む、
という体験にはかないません。
僕は父や祖父から
そう教わりました
私もこれからいろいろ
体験して、
またこの
茶碗と出逢いたいですね
この連載を続けていって、
一周したら
この茶碗を茶室で
使っていただきましょう。
そのとき絶対、あれ?
こんな茶碗でしたっけ?
っていうと思いますよ(笑)
わぁ、ぜひそこまで
たどり着きたいです!
これからもよろしく
お願いします!
茶室の小宇宙
竹花入と石山切
そろそろ、
茶室に入ってみましょうか
戸田商店のエントランスを抜けたその奥には、緑あふれる露地と、小間と広間からなる茶室がありました。
大阪淀屋橋という都会の中に、突然あらわれた聖域のような空間。思わず足が止まってしまいます。ゆっくりと中門を抜けて露地に一歩踏み入れると、隅々までていねいに水が打たれ、真夏だというのに苔がしっとりと輝いていました。
茶室へ
まるで異世界に潜り込むようでちょっと緊張しました。
うわぁ真っ暗
というのが第一印象。明るい露地から入ったばかりで眼が慣れないこともありますが、外の空気とはぜんぜん違います。なにか、床の間に花が生けてあるようですが、まずはこの空間に慣れようと、敢えて眼を細めて正座し、心を落ち着かせました。
どうですかぁ?
最初は暗くて怖かった
けど、
ほんのり周りが
見えてきたら花が
どんどん浮かび上がって
きて、
その存在感に
ドキドキしてました
実は僕、竹花入が大好き
なんです。
躙口から床に
掛かっている竹花入をみると
鳥肌がたちます!!
カッコイイなーって!!
花器は世界中にありますけど、
竹をこんな風に
花生にするのは
日本だけじゃないでしょうか
日本だけ、
なんですか……
これは利休さんが創案したと
伝えられています。
元々は“通い筒”とか
“贈り筒”といって、
切り花を
運ぶ道具としてあったもの
だそうですが、
それをお客さん
をお迎えする床の間に
かける事で
道具の価値観を
ひっくり返しちゃったんです。
でもそれは単に奇を衒ったん
じゃなくて、
道具とともに
花を活かす最高の手法で
あったわけで、
現代風にいうなら、
完全にインスタレーション
なんですよね。
ベコッとへこんでて下も
割れたままだけど、
荒っぽくないというか、
軽やかというか……
そうですね。この竹花入は
利休さんじゃなくて、
金森宗和
という武将茶人の作です。
宗和は利休さんより
60年ほど後に生まれた人で
“姫宗和”と呼ばれるほど
キレイで端正なものを
好んだ
美意識の高い茶人ですが、
なぜか茶杓とか花入とか、
竹の茶道具に関しては
荒々しい作が多くて、
なかにはグロテスクと
感じるものもあります。
初めてこれを見たとき、
アフリカのプリミティブアートを
前にしたようで
感動したんです。
でも不思議ですねぇ、
最初は暗かったのに、
細かいところまで
ばっちり見えてきました
この暗さだから感じる
美しさというのがあるんです。
眼だけでなく五感を
総動員しますから
という貴士さんの言葉が印象的でした。
そろそろ広間に移りましょうと案内されると、大きな床の間にきれいな軸が掛かっていました。
これは絵?
……じゃなくて書ですか?
これは“石山切”という
平安時代に
書かれた古筆の
断簡です。
元からの見開きのように
調えられて
いますが、
右と左は本来別々のページを
セレクトして合わせたものです。
左の料紙には和歌が
四首書かれていまして、
そのうちの一つには
君が代を読まれた
賀の歌が
あったので、いまの時期に
いいかなと思いまして……
平安時代の字がこんなに
くっきりと
残ってるんですか!
右の料紙の色も
キラキラ
してて美しいですね。
これは描いてあるんですか?
簡単にいうとちぎり絵のように
貼ったり
重ねたりしてるんですよ。
平安時代は日本文化の一つの
頂点ですが、
それを明治に
益田鈍翁らが見出して、
こうして
掛軸に仕立てたんですね。
とのこと。千年の時を超えて美意識を闘わせるなんて、古美術のすごさを目の当たりにしました。